古典にみる家族の物語

竹取物語にみる育て親の情愛と別離:翁・嫗とかぐや姫の絆

Tags: 竹取物語, 古典文学, 家族関係, 養育, 別離, 絆, 教育, 平安時代

竹取物語に描かれる家族の情愛

『竹取物語』は、日本最古の物語文学として知られ、不思議な生まれのかぐや姫の数奇な生涯を描いています。物語の中心には、かぐや姫と、彼女を竹の中から見つけ出し大切に育てる翁(おじ)と嫗(おうな)という「家族」の姿があります。血縁こそありませんが、共に暮らし、深い情愛を育む彼らの関係は、物語全体を通して重要なテーマとなっています。この記事では、『竹取物語』における翁・嫗とかぐや姫の家族の絆に焦点を当て、特に養育から別離に至る過程の描写を読み解きながら、その意味と教育的な示唆を探ります。

具体的な場面の解説:深い情愛と避けられぬ別れ

『竹取物語』には、翁・嫗がかぐや姫に対して抱く深い情愛が様々な場面で描かれています。

まず、翁が光り輝く竹の中から小さなかぐや姫を見つけ、家に連れ帰る場面。子供のいない翁・嫗は、この小さな存在を「仏のいませまうけ給へるなりけり」と喜び、大切に育て始めます。かぐや姫が驚くべき速さで成長し、美しくなるにつれて、翁は「いとをかしがりて」、嫗は「いとらうたがりて」、深い愛情を注ぎます。「いつき養ふ」という言葉に象徴されるように、彼らはかぐや姫を神聖な存在として敬い、大切に育てていきます。この冒頭の描写は、血縁がなくとも、共に生き、育むことから生まれる情愛の根源を示しています。

かぐや姫が成長し、多くの求婚者が現れるようになると、翁・嫗の親としての役割がより明確になります。求婚者たちからの無理難題に対し、翁はかぐや姫の意向を尊重しつつも、彼女を守ろうと奔走します。また、帝からの召しに対して、翁はかぐや姫を手放したくない一心で恐れかしこまり、嫗はかぐや姫を隠そうとします。これらの場面からは、娘を思う親の切実な願いと、世の権力や慣習に対しても娘を守り抜こうとする強い意志が読み取れます。当時の社会において、娘を貴人に嫁がせることは家にとって栄誉である一方、翁・嫗にとってはそれ以上に、かけがえのない娘と離れたくないという純粋な親心が勝っていたことが分かります。

そして物語のクライマックス、かぐや姫が月の都へ帰るために天人たちが迎えにくる場面は、翁・嫗とかぐや姫の別離が最も強く描かれる箇所です。かぐや姫が昇天する日が近づくにつれて、翁・嫗は深く嘆き悲しみます。特に別れの朝、「翁、嫗、泣く泣く惑ふ。」とあるように、彼らの悲嘆は極まります。迎えに来た天人たちに対し、翁は「かぐや姫は、はかなき者にて候へば、穢き所に、しばしも住まはせ給はじ。汚き所なんめり。」と必死に訴え、かぐや姫を手放したくない気持ちをあらわにします。しかし、天人には敵わず、かぐや姫は月へ帰ってしまいます。かぐや姫が去った後、翁と嫗は「かぐや姫を得て後、此の世の楽しみをば尽くしぬるに、今は何にかはせむ。身をかへりみぬ世になりにけり。」と嘆き悲しみ、それまでの楽しみも失せ、生きる意味さえ見失ったかのように描かれています。この描写は、血縁の有無を超えた、深い愛情とそれゆえに生じる別離の苦しみという、普遍的な人間感情を見事に捉えています。育てた情の深さが、そのまま別れの悲嘆の大きさとなって表れているのです。

考察と教育的示唆:普遍的な情愛と時代の背景

『竹取物語』に描かれる翁・嫗とかぐや姫の物語は、血縁に基づかない家族の形、そしてそこで育まれる情愛とその喪失という普遍的なテーマを扱っています。

現代においても、血縁関係によらない家族の形(養子縁組、ステップファミリーなど)は多様化しており、「家族とは何か?」という問いは常に開かれています。翁・嫗とかぐや姫の関係は、現代の生徒たちに「血縁がなくても深い家族の絆は生まれる」「家族とは、共に生き、互いを思いやり、育む関係性なのではないか」といった議論を促すきっかけとなるでしょう。

また、育てた子との別れというテーマは、子を持つ親だけでなく、人生において大切な人との別れを経験するすべての人に響く普遍的な感情です。翁・嫗の極端な悲嘆は、平安時代の人々が「情け」(人との絆や愛情)をいかに重んじていたかを示唆しているとも考えられます。授業でこの場面を取り上げる際には、当時の社会における家族観や情の重さを解説しつつ、現代の感覚と比較することで、普遍的な感情と時代によって異なる表現のあり方を読み解かせることができます。

さらに、かぐや姫が「罪を造り給へり」ために地上に降ろされたという設定や、月の都という異界の存在は、当時の人々の世界観や宗教観、あるいは文学的な想像力を反映しています。人間界と異界の間で揺れ動くかぐや姫の存在を通して、当時の人々がどのように生と死、現世と来世を捉えていたのかを考察することも可能です。これは、物語の背景にある文化や価値観を理解する良い機会となります。

授業でこの物語を扱う際には、生徒に対して以下のような問いかけを提示することが考えられます。

これらの問いを通じて、生徒たちは物語の表面的なあらすじを超え、登場人物の心情や物語に込められた普遍的なメッセージ、そして当時の社会や文化について深く考えることができるでしょう。

まとめ

『竹取物語』に描かれるかぐや姫と翁・嫗の物語は、日本古典文学の中でも特に印象深い家族の物語の一つです。血縁という枠を超えた深い情愛、そしてその絆ゆえの避けられない別離という悲劇的な結末は、読む者の心に強く響きます。この物語は、家族の形が多様化する現代において「家族とは何か」を問い直すきっかけを与え、また育てた情の深さや別離の悲しみといった人間の普遍的な感情を古典文学を通して学ぶ機会を提供してくれます。『竹取物語』の家族の物語は、時代を超えて、私たちに絆やつながりの尊さ、そして生きていく上で向き合うことになる喪失というテーマについて深く考えさせてくれるのです。